2025/8/8 17:56
袖通すよろこび

かねてより お教室での稽古を重ねて この度ようやく自らの手で 纏う事が叶った まだ冷たい絹が 素肌をなぞるたびに 背筋がすっと伸びていく 襟を合わせる指先は いつもより慎重で 腰紐を結ぶ音さえ心地いい 鏡越しに ゆっくりと結び目を整えていくと 布がさらりと鳴く その小さな音が妙に艶っぽくて ひとりなのに少し照れた 窓から射し込む朝の光が 反物の地紋を浮かび上がらせる それはまるで 布そのものが呼吸しているみたい 足袋を履いた瞬間 普段の私とは違う “もうひとりの私”が姿を現す 裾が揺れるたび 風が裾裏の香りを運び 見知らぬ誰かの視線が 少しだけ長く留まる …やっぱり着物って ただの服じゃない 女の心まで着替えさせるものだと思う これから季節ごとの彩りを纏って そのときどきの私を楽しんでみたい そして この小さな達成が 日々をいっそう 華やがせる予感がしてならない |